滋賀の山で過ごした幼少期に培われたもの
私は琵琶湖近くの自然にあふれた山の上にある実家で生まれ育ちました。6人兄弟で一番歳が近い姉でも6歳離れていたため、幼い頃は自ずと自宅周りの山の中でひとり遊びをすることが多い子どもでした。大人になった今では周囲から「何もない場所でどうやって過ごしていたの?」とよく聞かれるのですが、そんな環境だったからこそ、自然相手に遊び、その美しさを見出す感性が研ぎ澄まされたように思います。摘んだ野草を使っておままごとをしたり、草花を潰した色水を絵具代わりに絵を描いたりして毎日楽しんでいました。日本画家の祖父の影響で、私にとって絵を描くことは日常の一部。「自分で色を作ってみたい」と植物に触れていたことをよく覚えています。ありふれた日々の中にアート的な美しさを見出す視点は幼少期の生活から大きな影響を受けていて、「日常の中にある不思議」は今でも大切にしているテーマのひとつです。
お客様に恵まれ広まった「mellow」
ブランド名の「mellow」は本名で、漢字だと「芽朗」と書きます。「朗らかに芽吹いていくように」と、両親が想いを込めて名づけてくれました。フランス語や英語の「mellow」にある、「豊かさ」や「楽しい」といった意味合いも込められており、とても気に入っています。実は「mellow」というブランドは決意して立ち上げたものではありませんでした。コツコツと作りためたジュエリーをセレクトショップや雑貨屋さんに持ち込んでいた時期に、そのお店で買い求めてくださったお客様伝いで百貨店のバイヤーさんとご縁ができ、催事に呼んでいただいたことが転機となったのです。「出展するならブランドが必要だよね」という流れから、本名をブランド名にした「mellow」を立ち上げることに。でも、その後3〜4年はアルバイトで生計を立てながら作品を作り続けていました。ジュエリーだけで食べていけるようになったのは25歳のとき。収入が充分になったというより、「人生で一番楽しいと感じるジュエリー制作に集中したい」という一心でアルバイトを辞めたことで、覚悟を決めました。
自然や植物はインスピレーションの源
たとえば、刻々と変わる美しい夕暮れを見ているときに、「この色合いを身につけたい」と作品にすることがあります。小指の先ほどもない花が驚くほど繊細なディテールで、デザインのヒントを与えてくれることも。自然や植物は、私にとってインスピレーションの源。樹脂の中に植物を閉じ込めたジュエリーコレクションでは、滋賀の実家で自ら育てた植物を使用しています。東京に拠点を移した現在は、実家の家族に日々の植物の世話を頼んでいますが、以前は庭にあるお気に入りの野花を1本1本プランターに集め、少しずつ株を増やして使っていました。とても地道で大変な作業でしたが、一般的に流通している華美なドライフラワーよりも雑草と呼ばれるような野花にこそ魅力を感じているので、その生命力と向き合う意味でも大切な時間でした。
時の変化を肯定的に受け止めたい
自然の産物である鉱石も好きなマテリアルです。経てきた時間の途方もない長さが、手にした人の想像力を掻き立ててくれる。石ってとても硬いのに、雨に打たれて模様ができるとか、雨風に運ばれて形や表面の在り方が変わっていくとか、冷静に考えるとものすごいことだなと思うんです。特に気に入っているのはこの石。葉脈のような模様が浮かんでいるのですが、これは、乾燥によるひび割れなどで自然と浮かび上がってきたものだそう。植物の化石みたいで面白いですよね。長い時間をかけて変化していく鉱石に比べ、植物は一瞬ごとに変化する儚さも魅力。少しずつ蕾が開く過程もそうですが、満開を迎えた後、色や形を変えていくさまも美しい。私のコレクションでは、長い時間をかけて植物の色味が変化していくこと自体もデザインの一環と捉えており、手に取ってくださったお客様にもそのようにお伝えしています。
大切なのは自分がワクワクする気持ち
ジュエリーデザインで大切にしているのは、自分自身がワクワクしてつくることや、日常の中にある非日常感、そこから広がるファンタジーを楽しむ気持ちです。たとえば、「Bear」というこの作品は、一見金属製パールに見えるけれど近くでよく見ると熊のモチーフになっているんです。幼少期にはテディベアを心強い存在に感じていた方が大人になったときに、デイリーに身につけられるシーンを想像して作りました。「Do you see it?」というシリーズのリングでは、一部を“身につける方の内面”に見立てて、カット面でハートを表しています。他の人からは見えないけれど、自分の視点からは見えるものがある。「あなただけに見えている感覚を、あなた自身を大切にしてほしい」というメッセージを込めています。私の友人でも、私から見るととても素敵な部分をたくさんもっているのに、本人はそれに気づいていないこともあるんですよ。自分が生まれもった個性を大切にしてほしいですね。私は、他の誰でもなく、自分自身の感性で生きている人を美しいと思いますし、その人がその人自身であることを受け入れて、人生を豊かに楽しんでいることに魅力を感じます。ジュエリーはプラスアルファのファッションというか、どこかお守り的な存在感を発揮するものだと思うので、「mellow」のジュエリーを身につけることでその人らしさを取り戻すきっかけになったら、とてもうれしいです。
アトピーに悩み、日々の食事の大切さを実感
また、ヘルシーな心身を育むために、日々の食事や生活習慣も重要だと実感しています。というのも、私自身、中学生になるまで、深刻な全身アトピーに悩まされた経験があったからです。心配した母が「薬に頼り過ぎず回復できるように」と、食品添加物の摂取を控え、自然栽培の野菜やハーブの力で免疫を高める食生活に整えてくれたおかげで、次第によくなっていきました。このことは今でも、本当に感謝しています。ナチュラルビューティスタイリスト検定のテキストを通じて、母が実践していたハーブの取り入れ方や食事の工夫、母からすすめられた生活習慣などの裏付けを知ることができました。その効果はすでに体感済みだったので、テキストを読み進めながら答え合わせをしているような気持ちになりましたね。
日常に欠かせない香りも、理屈よりも直感で
アロマキャンドルを炊いたり、アロマディフューザーで空間全体に精油の香りを漂わせたり、お香を使ってリフレッシュしたりと、香りは日常的に楽しんでいます。ラベンダーは昔から好きですし、寒くなってくると温かみのあるウッディな香りが恋しくなりますね。精油を選ぶときは直感的に惹かれたものを選ぶようにしています。お香好きが高じて「mellow」でお香立ても作っているのですが、特に気に入っているのはカリンの香り。小学校の庭にその木があって、実が落ちるとほのかに甘い香りが漂っていた情景をよく覚えています。以前、京都でアトリエ兼ショップを開いていて、当時は下鴨神社近くのお土産屋さんでカリンのお香をよく買っていました。香りを感じる時間は気分も解放されるような心地よさがありますよね。将来的には、自然豊かな土地で暮らすことも考えています。その土地で育った旬のものをありがたくいただく、あるがままの暮らしが素敵だなと思うんです。畑があり、植物が身近にあふれている場所がいいですね。1日の流れが自然で、四季をいっそう色濃く感じられそう。日本に生まれたからこそ触れられる自然や風土を感じながら、目の前の作品に向き合える暮らしが理想です。