ハワイのマウイ島に似た竹田市へ

いまは自らを「生産者に一番近い食べ手」と捉え、生産者と食材を使う人をつなげる仕事をしています。以前は東京でラジオパーソナリティをしながらハワイの生産物を輸入する会社の企画・広報をしていました。ハワイと日本を行き来する中でハワイ、特にマウイ島の自然や文化への憧れが高まり、ハワイへの移住を考えていたんです。ですが折しもコロナウイルスの流行で渡航制限がかかり先行き不透明だったタイミングで竹田市とのご縁ができ、竹田市への移住を決めました。決め手はマウイ島と竹田市の自然がどことなく似ていたこと。それに加えて湧水が豊富で、炭酸質の温泉まで湧いていたことも大きな魅力でした。

地元の飲泉と大豆を使った、あたらしい味噌づくりも

竹田市からほど近い長湯温泉は世界屈指の炭酸泉で知られ、誰でも汲んで飲むことができます。「飲む野菜」といわれるほどミネラルが豊富だそうです。私は毎朝白湯を飲みますが、竹田市に来てからその炭酸泉を少し混ぜて飲むようになりました。100%炭酸泉だと鉄分の味を強く感じますが、白湯に入れることでマイルドに味わうことができます。コーヒーやハーブティーに入れるとほのかに甘くなるのが不思議で、色々なドリンクに加えて飲んでいます。
そして最近知り合いのカフェの方と一緒に、この炭酸泉と地元の岡大豆、大分産の塩や麹を組み合わせた味噌づくりを始めました。岡大豆は江戸時代から続く竹田市の名産品なのですが、一般的には知る人ぞ知る高級大豆かもしれません。仕込み中に最も驚いたのは、炭酸泉で岡大豆を煮た汁の濃厚さ。比較のためにと湧水でも同様に仕込んだのですが、炭酸泉で煮たそれはカフェラテかと思うほどの味わいでした。その場にいたひとりは、その煮汁の糖度に注目して酵母を起こしてパンを焼いたり、別の方は卵を加えて蒸す「あめプリン」なるものを作ってくれたり。食材の二次的な活用などは地元の方に教えていただくばかりです。日々発見で、本当に楽しいですね。

植物はやさしいだけじゃない。
エネルギッシュでパワフル

ヴィーガンやベジタリアンというと日本では意識が高い人という印象を抱かれるかもしれませんが、ハワイではごく一般的な選択肢のひとつ。エディブルフラワーで彩られた食べ応え満点のヴィーガンラーメンや、スモーク香でマッシュルームをお肉に見立てたミートレスラザニアなど。肉や魚を使わずともこんなに幅広い料理が作れるなんて!と感動したことをよく覚えています。身体に優しいけれど食べることが好きな私にはちょっと物足りないような、菜食中心に抱いていた印象を覆す料理に出会えて嬉しかったのだと思います。植物のちからを取り入れて生きることは、エネルギッシュでパワフル、いきいきと自立して生きることの象徴なんだ。そのイメージは私自身、とてもしっくりくるものでした。
植物が生命力の塊だということは、竹田市が国内生産量一位を誇るサフランからも感じられます。紫色の美しい花を咲かせ、その雌しべはスパイスカレーの香辛料や漢方にもなるサフラン。土も水も日光もない環境でも育つってご存知ですか? 海外の乾燥した土地では露地栽培もされるようですが、湿度の高い日本では馬小屋のような暗所で栽培する“竹田式”とも呼ばれる方法が確立されたそうです。開花期を終え雌しべの収穫が済んだサフランは花部を取り除いて土に戻され、分球を待ちます。その球根を集めて暗所で保管するとある日、発芽し花が咲く。そんなに生命力が強い植物なら身体にもいいはず、と強く実感しました。頭で理解するというよりも心と身体で感じる。植物に囲まれた暮らしの中で、肌感覚で獲得することの大切さを、子どもにも伝えていきたいと思っています。

おいしいから、一物全体でいただく

地元の名産品を紹介する以外に、栽培過程ではじかれてしまう野菜を料理人に紹介し、商品化してもらうお手伝いもしています。例えば大根。オーガニック農業に取り組む農家さんが見た目上の理由で出荷しない野菜というのがあります。味も栄養も遜色ないのですが傷が少し入っているなどの場合ですね。そんな大根は葉も立派でどこを食べてもおいしい。葉の部分までおいしくいただきたいとの想いから、知り合いのイタリアンのシェフにお願いしたところ大根葉のジェノベーゼを作ってくださいました。バジルのそれよりもマイルドで、オリーブオイルの風味やナッツの食感も手伝って、6歳の娘もぱくぱく食べられるおいしいソースが生まれました。ひとつの食材を余すところなく全体そのままいただくという考えを“一物全体”と言うそうです。とても素敵ですよね。有機農業の生産者さんと親しくなり、その方々から直接いただく野菜と地魚を中心とした食生活をするようになってから、一層そういった気持ちが強まりました。
一方、よりよい果実を収穫するために余分な実を取り除く「摘果」という作業によって取り除かれた「青トマト(赤くなる前のトマト)」に最近注目しています。実はこの青トマトのGABA値は赤トマトよりも高いそう。ハワイでは青トマトの素揚げは「グリーントマトフライ」と呼ばれ、ファーマーズマーケットで行列ができるほど人気の料理でした。素揚げにしても、揚げ浸しにしてもおいしいんです。市場には出回らない価値ある野菜を大切に扱い、おいしいものとしてお届けしたい。農家さんの畑にお邪魔して端に積まれている野菜を見るたびに「これ食べられないのかな」と考えています。

植物のおかげで子どもとの時間も豊かに

私が植物を好きになったのは母の影響でしょう。母は通販が主流ではなかった時代に遠くまで車で買いに行くなどしてさまざまなハーブを集め、庭の一角で大切に育てていました。受験期にはお守りのようにローズマリーをもたせてくれたり、お茶請けに砂糖漬けにしたボリジを出してくれたりしました。そんな私も親となり、子育てで植物に助けられていると感じることが多いです。子どもがぐずった時にタンポポの綿毛で気分転換させたり、花冠を一緒につくるひとときにちょっと特別な話ができたり。特に、野に咲く植物に助けられていると感じます。つくしを摘んで食べてみる、「つくしは育つとスギナになるんだよ」と手に取り教える、「スギナはお茶になるんだよ」と伝えて一緒に飲んでみる。そういう自然の営みをごく当たり前なこととして伝えられるのがうれしいですね。さらに子どもの植物の香りの表現には感心してしまいます。「虹の香り」「ハートの香り」など、大人の発想からは生まれないですよね。香りはお線香を手作りする遊びでも楽しんでいます。粘土遊びの感覚で、お線香のもととなる生地に乾燥させたカボスの皮やサフランなどを練り込んで作ります。一緒に作ったお線香だと火をつける時間もちょっとだけ特別に感じられる。何気ないことだと思いますが、そういう時間こそかけがえがないものなのだろうなと思います。

「なんとなくいい」と思っていたこれまでの感覚が確信に変わった

ナチュラルビューティスタイリスト検定を受験して良かったと思うのは、これまでなんとなくいいと思っていたことに理屈があると知れたこと、それにより植物のある暮らしの豊かさを確信に変えられたこと。例えば、竹田ではカボスも有名ですが、ただ実を切って絞って終わり、ではありません。葉の香り、果皮の香り、花の香りそれぞれに作用と楽しみ方があります。カボスの花からもカボスの香りがするので、花を製氷機で固めてドリンクに浮かべると、氷が溶けるにつれカボスの香りがふんわり漂う。つくづく植物の楽しみ方は無限だなと感じます。植物の楽しみや学びは奥が深いと思いますし、その入り口として検定で学んだ基礎的な内容はとても役立っています。さらに、植物を知れば知るほど、私たち人間も植物にとっていい存在でありたいなと考えるようになりました。一人ひとりができることは微々たることかも知れませんが、洗剤ひとつとっても水や土を汚さない選択をしたい。土の力だけで育った野菜や野の花に日々助けられている者として、そういった環境が絶えてしまうことは避けたいのです。自分たちも地球も、ともに心地よく共存できる方法を見つけて、小さなことでも実践していきたいと思います。