ふたりで料理し、一緒に食べる。その時間が育むもの
夫と出会い、一緒に料理をする時間が増えていったなかで、家族や友人など大切な人と一緒に料理をする時間は、ただ単に楽しいという以上の何かを生み出すと感じるようになりました。黙々と、それぞれが別のことで手を動かしている瞬間にも、何かが通じているような安心感がある。信頼関係がゆっくりと構築されていくような確かさがある。その気づきから、季節料理をふたりでつくることを提案する「ふたりごはん」というウェブサイトを立ち上げました。大切な人と何かを共有するのはそれだけで楽しく価値があると思うのですが、一緒に作って食べるという一連の流れは料理だけのもの。改めて、その営みはとてもいいなと思うんです。
「時短」と言われると逆に焦ってしまうから。
すべきことを減らして丁寧に向き合いたい
発酵をテーマにしたレシピをご提案している影響だと思うのですが、常にゆったり穏やかに暮らしているイメージで捉えていただくことがあります。ですが私はもともと、生き急ぐタイプ(笑)。本来はあれもこれも頑張りたくなってしまう性格です。とはいえ、色々なことを器用にできるタイプではないんですよね。色々なことに手を出してしまうと、どれも中途半端になってしまう。すべきことをシンプルにして、やると決めたことに対して丁寧に向き合っていくやり方が自分には合っているのだな、と最近やっと気づきました。時短料理を急いで作るよりは、レシピ自体をシンプルにして、その分落ち着いて向き合うように料理するのがいいな、と思っています。
やりたいことができていない焦りは、
それだけで、心を忙しくしてしまう
料理家の仕事を始める前は、広告代理店で働いていました。食品メーカーに関わらせてもらうことで料理に携わる仕事がしたいと志望したのですが、いろいろな業務がある中で、料理の仕事に携わることは難しかったのです。当時から「ふたりごはん」を運営していたのですが、くたくたに疲れながらも帰りの電車でレシピを考え、慌ただしい気持ちのまま料理して、というようなこともありました。憧れの仕事だった反面、モヤモヤを抱えながら過ごしていたと思います。そんな時、元々大好きだったアーティストのライブに初めて行くことになりました。そこで「同じ人間なのに、こんなに多くの人の心を動かしているってすごい!」と心から感動したんです。モヤモヤを抱えながら今と同じ生活を続けていたら、このまま何もできずに人生が終わってしまうかもしれない。一念発起して退職し、調理師学校に入学しました。
今思えば、自分が集中してやりたいと思っている料理ができていないことへの焦りが強くあったのでしょうね。その焦りが、必要以上に心まで忙しくしていた気がします。料理家として駆け出しの頃からお仕事をさせていただいている方も多く、ご縁に感謝するばかりですが、常に目の前のことに集中して、ひとつひとつしっかり取り組むことは仕事にもよい影響がある気がしますね。
旬の野菜を摂る。余裕があれば発酵させてみる。
身近な植物のチカラといえばやはり、一番は旬の野菜ですね。私自身、旬のものを意識的に摂るようになってから、すごく体調が健やかになった実感があります。旬の野菜にはその時期必要な栄養素が凝縮されているって本当だな、と。大切なのは、知識があることではなく実際にそれらを食べることなので、誰でも手軽にトライしていただけるようなシンプルなレシピをご提案するように心がけています。フライパンで焼くだけ、グリルするだけ、味付けは塩胡椒だけ。旬のものって、それだけで十分に美味しいご馳走になるんですよ、ということをお伝えしたいんです。
よさを引き出し合い、反応していく。
アンコントロールな奥深さも、発酵の面白さ
調理師学校で色々な料理法について学びましたが、その中でも特に私には発酵が合っているような気がしています。甘酒などの発酵食品は、まずそれ自体がとても美味しい。他の食材を漬け込めば、新たな美味しさも生まれる。また、奥深さも魅力です。発酵には、「人がコントロールしきれない」という面白さもある。例えば味噌などは、全く同分量で同じ仕込み方をしたとしても、つくる人が違うと出来上がった味わいにも違いが生まれます。掌にある常在菌が作用するからです。一方で、水キムチなどはお米の研ぎ汁と野菜自体が持っている乳酸菌が反応し発酵していくので、その野菜がどれほど新鮮かが重要だったりします。そういった意味では、実は発酵はレシピ化するのが難しいジャンルかもしれません。
旬野菜を単純に取り入れるだけでも植物のチカラを感じられるとお伝えしましたが、一手間加える余裕があるときには、やはり旬野菜を発酵させることをおすすめしたいですね。個人差があると思うのですが、水キムチのような植物性の発酵食品には、ヨーグルトなどの動物性の発酵食品以上の整腸作用が期待されています。私の場合は、植物性の発酵食品を日常的に摂るようになったことで、腸の問題がほとんど起こらなくなったのが大きな驚きでした。季節を問わずぬか漬けは食べますし、春から初秋にかけては旬の野菜でつくった水キムチを。夏は発酵トマト、冬は発酵白菜と、旬の野菜を発酵させて取り入れる方法はすごく手軽ですし、美味しいし、からだにもいいと、いいことづくしでおすすめです。
家族の体調に合わせて、手軽に医食同源な食生活を
夫婦揃って日常的に味噌汁を食べていることで体調を崩しにくくなったとはいえ、やはり日々、ちょっとした不調を感じることはありますよね。夫はお腹の調子を崩すことがあるのですが、そういった時は青梅を漬けたものをお弁当に忍ばせます。さらに、食べ過ぎてしまった翌日の朝ごはんは、酒粕を入れて栄養価をアップさせたお味噌汁だけにすることも。お味噌汁には消化を助ける作用があるキャベツを刻んで入れたり、タンパク質不足が気になる時には溶き卵を入れたり。女性は鉄分が不足しがちだと言われますが、そんな時はスープに乾燥なつめ(デーツ)を入れることもあります。とても美味しく鉄分を補うことができますよ。
身体で知っていたことを、知識として理解する楽しさ
ナチュラルビューティスタイリスト検定の勉強をした中で、最も興味深く学んだのは日頃から悩みがちだった睡眠についてです。自宅で仕事をしていると、ついオンオフが上手に切り替えられなくなってしまうこともあります。そのまま寝てしまうと深い眠りに入れず寝不足感を覚えることもあったので、上質な睡眠のための一日のリズムの作り方はとても参考になりました。また、ハーブや野菜などについて、何科なのかなど植物学の知識を得られたこともよかったです。どんな時にどんなものを食べると体調が整うか、身体ではよく知っていたことを改めて知識としても取り入れられ、頭が整理できました。料理家として食材の情報をお伝えする際にも、より深く、よりわかりやすくお伝えしたい時の助けになると感じています。
季節を味わい、その移ろいを楽しむ、シンプルな暮らし
旬の野菜の話をしましたが、正直、現代は季節感が掴みにくいですよね。便利なことですが、一年中あらゆる野菜が手に入ることで旬が見えにくくなっていますし、気候変動の影響で、おや、と思う気候の日も増えつつある。だからこそ、古くから季節を感じとることに役立てられてきた太陽暦の一種、二十四節気や七十二候などを意識して毎日を過ごしたいと思っています。自然の大きな流れを知識としてもちながら、旬の野菜を通して五感で季節を味わう。日々の小さな変化に耳を澄ませるような落ち着きの中で、シンプルに丁寧に暮らしていく心地よさを大切にしたいと思います。